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​フィービーとペガサスの泉・ホテルヴィクトリアのフィービー

  • Writer: Mark
    Mark
  • Dec 13, 2017
  • 6 min read

My wife is writing a Japanese novel called Phoebe and Pegasus Fountain - Here is another sample of her book...

​フィービーとペガサスの泉・ホテルヴィクトリアのフィービー

1 ホテルヴィクトリアのフィービー

 「フィービー、フィービー」

自分の名前を呼ばれていることに気づいたフィービーは、はっとして前を見た。ミス・クラベルはため息をついた。

「また何か他のことを考えていましたね」

フィービーは頬(ほほ)を赤らめた。ママの親しい友人だったというミス・クラベルをがっかりさせるつもりなんて、全くなかったからだ。

 でも授業中に頭に浮かぶのは、決まってホテルヴィクトリアのことばかり。

エントランスホールを行き来する、世界中から訪れたお客さんの姿。

穏やかな笑顔で彼らと話をするコンシェルジュのロベルト。

糊(のり)がほどよくきいたシーツをワゴンに乗せて、チェック・イン前の客室(ゲストルーム)を手早く整えるメイド達。 

キッチンから漂ってくる魚介のスープの匂い。

レストランに響(ひび)く華やいだざわめき。

そして、ロビーの片隅で誰かの訪れをひっそりと待つ「人形の間(ま)」。

 フィービーが暮らしている街ヴィクトリアはいたるところに花が溢れ、この場所を訪れる人はみな、憧れを込めてこの街を「ガーデンシティ」と呼んできた。その街の中心にホテルヴィクトリアは建っていた。百年を悠(に超えるというカナダでも老舗(しにせ)のそのホテルはまた、フィービーの生まれ育った家でもあった。フィービーのパパはホテルヴィクトリアのオーナーなのだ。

「ごめんなさい、ミス・クラベル」

申しわけなさそうに頭を下げた姿はまだ幼く、頬には幼稚園生とも、時にはそれよりも幼いとも思えるようなあどけなさが残っていた。栗色の巻き毛と同じ色あいの瞳は真っすぐな心を映しだす鏡のようで、楽しいことを考えて輝いたかと思えば、叱られて今のようにさっと影がさしたり、じわりと涙が浮かぶことも多い。

 実のところミス・クラベルは、このきまりの悪そうな視線にぶつかるたびに、ふさふさとした毛並みの耳のたれた子うさぎを思い出さずにはいられなかった。古い童話の挿絵(さしえ)に描かれていた冒険好きの子うさぎが、とんでもない失敗をしでかした時に浮かべる困り果てた目。しゅんとしたフィービーの姿はその子うさぎにそっくりで、何故かわけもなく居心地が悪くなってしまうのだ。

「もしも本当に子うさぎだったら、叱(しか)ったりなんかせずに、すぐに抱きあげることが出来るのに」

両手を差しのべたくなる衝動(しょうどう)をかろうじて抑(おさ)えながら、ミス・クラベルはあきらめたように首を振った。

「いいのよ、フィービー。でも授業中は集中してお話を聞いてね」

その時、授業の終わりを告げる鐘が鳴り響き、小さな一年生達が騒(さわ)ぎ始めた。一日のお勉強はすべて終わり。やっと家に帰れるのだ。

「それではみんな気をつけて。また明日ね」

別れのあいさつが教室中に飛び交い、子ども達ははしゃぎながら教壇(きょうだん)に向かってなだれ込んだ。一人一人をぎゅっと抱きしめた後、後ろでばつが悪そうにしていた友人の忘れ形見に向かって、ミス・クラベルは大きく両腕を広げた。フィービーは嬉しそうにその腕の中へと駆け出した。ミス・クラベルは、ほんの数分前に飲み込んだ感情を埋めるかのように、フィービーをしっかりと抱きしめた。

「さあ、ホテルヴィクトリアがお待ちかねよ」

その瞬間、ぱっと明るくなったフィービーの顔を目にしたミス・クラベルは、思わず息をのんだ。まるでアリスがそこにいるかのようだ。

「さようなら」

子鹿のように走り出したフィービーの後ろ姿を追いながら、ミス・クラベルは眩(まぶ)しそうに目を細めた。

 フィービーの母親のアリスが亡くなって以来、ミス・クラベルの足はホテルヴィクトリアから遠ざかっていた。友人のお茶の誘いなくして訪れるホテルヴィクトリアは何だかよそよそしく、二度と会えないアリスの不在を殊(こと)のほか感じてしまうからだった。 

 けれど去年の九月、7歳になったフィービーとミッドウエスト小学校の入学式で再会した途端、ミス・クラベルの胸に、ホテルヴィクトリアで過ごした幸せな午後の記憶が鮮やかに蘇(よみがえ)り出した。小鳥がさえずるように賑やかにおしゃべりを続けるフィービーは、亡くなったアリスに本当によく似ていた。二人で飲んだ紅茶の香りまで漂ってくるかのようだ。

「アリス。あなたの大切なホテルヴィクトリアには、かわいらしい跡継(あとつ)ぎがちゃんと育っているようよ」

ミス・クラベルが独(ひと)りでに呟いた時、フィービーの姿は既に窓の向こうに消えていた。

    ☆

 ミッドウエスト小学校からホテルヴィクトリアまでの帰り道は素敵なことの連続だった。

 インナーハーバーと呼ばれる内海にはいつもたくさんの船や水上飛行機が行き来し、街の隅々には色とりどりの花が溢(れていた。3月の今は、道沿いに植えられた桜やプラムの木が、白や桃色の花を枝いっぱいに咲かせている。その満開のプラムの並木道を、フィービーはスキップしながら駆け抜けずにはいられなかった。春先のほんのり冷たい風に、微(かす)かに潮の香りが混ざり合っている。楽しげに鼻を動かせたフィービーのそばを、観光客を乗せた馬車がカタコトと小気味(こきみ)よい音を立てながら通り過ぎた。

 フィービーは顔見知りの御者のおじさんに手を振った。

「学校は終わったのかい?」

小さな親指を誇らしげに立てたフィービーを見て、おじさんは豪快な笑い声をあげた。そして、

「ハイヤッ!」と手綱(たづな)を強く引いた。

 フィービーの胸がにわかに高鳴り始めた。走り去る真っ白な馬車に代わって、インナーハーバーを見守るようにそびえ立つホテルヴィクトリアが姿を現し始めたからだ。

 街の中心に建つホテルヴィクトリアは、ヨーロッパの中世の古城を思わせるような静かな優美さを讃(たた)えていた。煉瓦(作りの外壁(には豊かな緑色の蔦(つた)が絡み、その葉の先は遠く最上階まで届いていた。背の高い街灯にはフラワーバスケットがかけられ、前庭の花壇(の前では、手をつなぎ合った老夫婦が穏やかな様子で何かを話している。

 おかえり。

どこからともなく声が聞こえてくるようだ。

 小さな足が駆け出した。

 ママのアリスが生まれ育ったのも、このホテルヴィクトリアだという。でもフィービーにはママの記憶がない。だからママのことが知りたくなると、フィービーは何度でもホテルの中を歩きまわった。仕事の邪魔さえしなければ、いつも誰かがアリスの話をしてくれることを知っていたからだ。

「ホーム・スウィート・ホーム」

いつだったか長い出張から帰ってきたパパが、そう言って最上階のドアを開けた時のことを、フィービーは今でもよく覚えている。

 ホーム・スウィート・ホーム。

思わず言葉がこぼれ出た。ここは私たちの家なんだ。

 ただいま、ホテルヴィクトリア。


 
 
 

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